2014年12月28日日曜日

薄情な娘(笑)


 そして,こんなことをつぶやいたら,兄からコメントが。。。(笑)


そう、きっと父だって私が舞い上がってたのを呆れながらも喜んでくれていたよね。
きっと。。。



 日本に到着した夫にこのことを話すと、なんて不遜な。。。って慌ててた(笑)
でも、きっと父は喜んでくれていると思う。
お父さんが帰って来てくれたのがどれほど嬉しいか,わかってるはずだもの。



2014年12月22日月曜日

スカイプのありがたさ

2014年12月14日日曜日

見守ることができる幸せ

2014年12月13日土曜日

ルミナリエに思う。。。

2014年12月12日金曜日

何番目の孫であろうとも、気持は一緒

 我が家のお兄ちゃんが1歳をすぎた頃、夫の祖母が亡くなった。
ひ孫の初節句に鯉のぼりを贈ってくれたおばあちゃん。
優しい人で,夫も大事にしてもらった。
遠くに住んでいたので,私が会えた機会は4回位だったと思う。

 私がまだお嫁に来たばかり頃,おばあちゃんから「Mちゃんをよろしくおねがいします、あなたに頼んでおきますけん・・・」と、私の手を両手で握りながら頭を下げられたことがある。
おばあちゃんにとっての愛娘Mちゃん。。。そう、私の姑のことを思って,わずか23才の孫の嫁にこんな風に頭を下げてくれたことに,私は涙が出るほど感動した。

 そんなおばあちゃんが亡くなったのだ。私は当たり前でお兄ちゃんを連れて,葬儀に参列するつもりで準備をしていた。
夫も数日休む分の仕事をしていた、もうそろそろ帰って来てくれる。
夫が帰って来たら,すぐに間に合う電車に乗るつもりだった。

 そこに彼から電話がかかって来た。
お悔やみを伝えながら、夫がもうすぐ帰って来てくれること、帰って来たらすぐに私達も出発することを伝えると、彼は不機嫌に「なぜ信子さん達まで行くのか。M(夫)だって行かなくてもいいのに」と言うのだ。
私は驚いて,自分もお嫁に来てから大事にしてもらったよい思い出があること,ひ孫であるお兄ちゃんも見せてあげられなかったことを伝えて,もちろん参列するつもりであることを伝えると,彼は、M だって行かなくていい、自分は初孫だから行かなくてはいけないけど、Mはいいだろう。ましてや,なぜ信子さんまでいくのか。。。と終止不機嫌だった。

 夫にとっても大切な祖母だ。義務感で参列するものではないはず。私は予期せぬことに戸惑い、夫と相談する旨を伝えて電話を切った。
そして,夫が帰って来てくれたところで夫が電話をすると、何度も「自分は初孫だから」と繰り返し,夫は行く必要がないの一点張り。しかし夫は,自分には思い出のある人だからと参列を決めた。そして、私とお兄ちゃんに関しては、彼があそこまで嫌がるのだから。。ということで,家にのこることにしたのである。

 お葬式は、大往生だったおばあちゃんを偲んで,孫,ひ孫がたくさん集まり賑やかなものだったという。幼いひ孫達が互いにあそんでいる姿を、きっとおばあちゃんも喜んでいてくれていたことだろう。夫は、親戚から我が家のお兄ちゃんの誕生を祝ってもらうとともに、あいたかったなあ。。と、いろんな方に言われたそうである。でも,もちろん私達が出かけなかった理由を言うことはしなかった。

 そしてそれからしばらくしたある日,私が夫の両親の家にいくと、私は舅から小言を言われた。信子さんは本当に気が利かない。せっかくお母さんにとって初孫なのに、子ども達それぞれの孫が揃ったらおばあちゃんも喜んだだろうに、そういうことが供養というものだ。。。と言うのである。

 あの日,両親はもう おばあちゃんのもとに出発していて,連絡を取ることは不可能だった。今のように,携帯を誰もが持つ時代ではない。
両親の意向を確かめることはできなかったけれど,いつも,何かと言えば「お兄さんの言うことをききなさい」と言っていた舅。次男の嫁なのだからと、ことあるごとに言われることは不愉快ではあったけれど、私も昔風の家に育った身としては仕方がないことと思っていた。そんな私だったから、なぜこんなことを注意されなくてはならないのかと、涙をのんだのを覚えている。

 家父長制度が残っていたような時代、そしてたくさんの兄弟姉妹がひとつ屋根の下に暮らしていた時代なら,「長男」という者はそれほど大事だったのかもしれない。しかし,もう,我々の世代は違う。兄弟といっても二人か三人。年の差だって,そんなに離れているとも思えない。それなのに、なぜ、「長男」としてそんなに偉そうに振る舞われなくてはならないのか。

 私も夫もそれが嫌いだったから、我が家の子ども達には「お兄ちゃんだから」「弟だから」「一番年下だから、女の子なのだから、」と、そう言うことは決して言うまいと、心して子ども達を育てて来た。そして、そんな風に兄弟の序列を自覚させて育てなくても、お互いをいたわりあって、慈しみながら育ってくれているのではないかと私は信じている。

 何番目の孫であろうとも、その孫にとって おばあちゃんは一人だ。
それなのに、自分は初孫だと、「初孫」という言葉を振りかざして自分が特別な存在であるかのようにふるまう。何番目の孫であろうとも,祖母を思う気持は一緒だ。そして、それは親に対しても同じ。長男であろうと,次男であろうと、親を思う気持は一緒のはずだ。自分だけが特別な人だという勘違いは,いい加減にしてほしい。

2014年12月11日木曜日

ばかばかしい兄弟の順番

記念写真。。。

2014年12月8日月曜日

心して、我慢しないようにする。

2014年11月25日火曜日

そんなに簡単ではなかったのよ。。。

2014年11月22日土曜日

吉兆のおせち

 もうすぐ12月、日本のサイトを見ると、時々豪華なお節の広告が目につくようになった。それをみる度に、私を苦しめる問題は、ここ数年に始まったことではない。
すべてはあの頃に気がついて動かなくてはならなかったのだと。自戒の念というほどのことでもないけど、いろいろ思う。

 もうすぐ9歳の誕生日を迎える姫。
9年前の今頃、臨月のお腹を抱えながら,私は姑がこちらにきてくれる日を指折り数えて待っていた。
初産も,アメリカでの初めての出産だった次男坊の時も、私は夫と二人で迎えた。
どのときもたいへんではあったけれど,其の都度たくさんのまわりに暮らす人々に支えられて、なんとか乗り切ってきた。
3度目の出産も,もちろん家族だけで迎えるつもりだった。

 でもある日,これを機会に祖父母と暮らす時間を子ども達に経験させてあげることも大切なのではないかと、そんな考えが私に浮かんだ。夫に相談すると夫も喜んでくれた。
孫の手伝い、これはとっても大きな口実だ。舅も姑も喜んできてくれるのではないかしら。。。私に淡い期待が浮かぶ。でも、出不精の舅は嫌がった。
舅は「お父さんは家庭科5やからね。お母さんがいなくてもだいじょうぶよ」と笑う。
 あらら。。。とは思ったけど,無理強いしても意味はない。
久しぶりの孫との時間を楽しみにする姑に感謝して,私は到着を待っていた。

 そして姑が到着して二日後。私のもとに姫がやってきた。
初めての女の子、そして、姑と同じ干支に生まれた姫。家族の嬉しそうな笑顔を見ている私は幸せだった。
夫も仕事の量を減らし、子ども達と一緒にいてくれる。
夫がいないときは,姑が家にいてくれる。安心して二晩を過ごして病院から帰ってくると、彼からメールが入っていた。

 彼のメールは、姪の誕生を祝う以上に、舅の心配だった。
お母さんはいつかえってくるのか? 父が心配だ。一人で何を食べているのか。。。
もう生まれたのだから,母が早く帰ってくるようにしなさい。

 これはどういうことなのだろう。姑がこちらに来てくれて,まだ一週間もたっていない。
お産は生まれる前より,生まれた後の方がたいへんだ。でも、その人にはそれがわからない。子育てを経験していなくても想像できると思うのだけど,彼にはそれができない。わからないことは仕方がないと思ったけれど,私が自分の里へ手伝いをたのまず、姑の手を煩わせていることへの指摘はつらかった。
それでも,私が里を頼れる身の上ではないことは事実。姑の手を煩わせ,舅に不便をかけていることを詫びると、今度は、母が早く帰ってこないと父がミイラになってしまう。というメールが返ってきた。

 彼のことでは、夫も一緒に育つ中で苦労してきた。あああ。。またか。と思いながらも、それでもそんなに心配ならば,年末年始は舅のもとに出かけてくれるのだろうと、私はあたりまえのように思っていた。
かれら夫婦は、半年ほど前に結婚している。結婚して初めてのお正月。少し離れてはいるけれど、朝に新幹線に乗ればお昼前には家に到着する距離。海外も含め年に何度も旅行に行く旅慣れた人達。そんなに心配ならば,顔を見に行くのだろうと思っていた。
しかし暮れに届いた彼からのメールには、御用納めが終って,温泉地にあるお嫁さんのご両親が所有する別荘でのんびりする様子を伝えるとともに、早く姑を帰さないことには舅がたいへんだという指摘。そして、父がミイラになったらたいへんなので,吉兆の高価なお節を送ったと嬉々として書いてあった。

 年末年始に、お嫁さんの家族より自分の父親を優先しろと言うつもりはない。
しかしながら、彼ら夫婦はお嫁さんのご実家の裏に住んでいるのだ。
「仲良し家族」だそうで、四六時中 食事をともにする話しも聞いている。なぜ,いつも一緒にいられるお嫁さんのご家族と、一緒に過ごす必要があるのだろう。
ましてや,そのお節を一人で食べる父親の姿を想像することもできないのか。

 私は呆れて言葉もなかったけれど、その話題をすると姑が苦しそうな顔をする。敢えてすることは私にはできなかった。嫁してから、私はこの人の無神経な言動に苦しめられてきた。人の気持を想像することができないのだとしか思えない。

 親は大事だ。孝行しなくてはいけない。「本で読んだこと」「言われたことは守る」みたいな機械的な気持はあって、不必要に過大に心配する。それゆえに、一面しかしらないひとには、たいへんな「孝行息子」にうつる。
でも、だからといってどういう行動をすればよいのか、想像ができないのだ。
私には,「孝行」している自分に酔っているだけで、していることは周りの人へ迷惑をまき散らすことだけにしかみえないけれど、本人は何処吹く風と高みにたって、苦しい顔をしている母親にまで説教をする。処置無しだ。

 おせち料理は、高価で豪華であることに意味などない。
家族が集まって、穏やかに新年を祝う。新しい年の抱負などを語りながら食卓を囲むことに意義がある。

 あなたが「忙しい」自分に酔って何年も親の顔をみることもしないから、我が家の子ども達は、父親と一緒のテーブルでおせち料理を囲むことはできなくなった。
そんな人でも、我が家の子ども達には大事な関係だろうと思って,敬愛の気持を持つように演出してきた自分が本当に滑稽だ。もう、二度とそんな演出などしない。

 そして、もう二度と、私に「親孝行」の説教などしてほしくない。
あなたがしていることは、ただの自己陶酔でしかないのだから。


2014年11月20日木曜日

お説教はもうこりごり


 今日はアメリカ人になる手続きの最終ステップ
面接と英語の試験
いまごろになっても、もうこれでいいんだ。
これしか道はないんだ。。。なんて、自分に言い聞かせてる。
往生際が悪いわ(笑)

2014年11月19日水曜日

反対だってありえるのに。。。


 気をつかってる姑をみる度に、「気を遣われていること」に気がつかない人達にイライラする。。。
あああ。。私自身も修行が必要かな。。。

親孝行ってなあに??


  仕事が忙しかったから、4年も親元を訪れることがなかったと言う。
 それなら、なぜ、今なら「時々」来れるようになったのかしら。
自己満足の為に、姑や夫の気を煩わせるのをやめてほしい。

 本当に心から思うわ。

2014年11月18日火曜日

本当に「美徳」なんだろうか。。。

常識ってなんだろう。。。

2014年9月20日土曜日

ステレオタイプな批判っていやだなあ。。。

2014年7月21日月曜日

みんなありがとう

2014年7月20日日曜日

果報者。。。


 つかの間の夏休みを過ごしてお父さんを空港に送る。
姫はもう、お父さんが最終ゲートに入る前から泣きじゃくっている。
次男坊は涙を見せたくなかったのか,セキュリテイーチェックをしている父を横目にお手洗いに行った。

 私も泣いてはいけないと思いながらも涙が出る。
お父さんはいつも、大げさになってはいけない。
いつも一緒にくらしてる、そういう雰囲気を子ども達が持って育つようにしよう。って、そういう考えだから涙をみせない。
案外,こんな風に泣きじゃくれる私の方が楽なのかもしれないね。。。 

2014年6月23日月曜日

次男の嫁。。。

2014年6月22日日曜日

「忙しいのでは??」


  「忙しい」から何年も親に会うこともなかったのに、『心配』だって、『お見舞い』にくるようになった。
もう、夫が側にいて見守っています。 父の容態も安定しています。
「ご多忙」のなか、いらっしゃらなくてもいいのに。。。 

2014年6月5日木曜日

辛かったね。。。


 次男坊も姫も、ギリギリの気持で頑張ってる。
おかあさんは、偉いなあって思ってるよ。

2014年4月14日月曜日

優しい言葉

2014年3月31日月曜日

みんなありがとう

2014年3月26日水曜日

アピールはやめてほしい

民生委員さんのひとつのお仕事??

2014年3月25日火曜日

大切にしたいこと。。。

2014年3月22日土曜日

何を今更。。。

  
 これをつぶやいてからも、私の気持が乱されることは変わらない。

 それもあって、備忘録としてブログを始めることにした。
子ども達がこれを読むことがあったら、母がどんな葛藤をもってこの時期をすごしたのか、知ってもらいたいからだ。
  
 父が急に立ち上がることもできなくなったのは2月の末。 姑は心配をかけまいと私達にそのことを伝えてもこなかったけれど、電話口での様子がおかしい。 夫も私もすぐに気がついた。 
 そして、夫は日本に向かう。
 なぜ,夫がこちらの職を辞して日本に向かう直前になって、今更「心配で新幹線に飛び乗りました」なんてアピールができるのだろう。 理解に苦しむ。。。
4年も、二人とも親元に帰ることもできないほど「忙しい」はずなのに。  

 日本への転職は直ぐにできるはずがない。私達家族は1年以上も前から悩み、そして、たいへんな思いをして可能にした。 これ以上,私達家族の気持をかき乱すことはやめてほしい。