医師から時期を伝えられたとき、私達家族が一番願ったことは、舅に安らかで痛みのない、穏やかな時間を持ってもらうことだった。そんな気持ちも、「親孝行パワー」に燃える方には理解してもらえなかった。すべてが生きた教材。子ども達がよく理解して、父を温かく見守ってくれているのが一番の私の救い— 風信子 (@studiohyacinth) May 27, 2016
一緒に暮らしている訳ではないけど,義理の両親と、海を挟んでバーチャル同居が始まりました。日々の中でいろいろ思うこと。備忘録のように綴っておきたくなりました。いつの日か、良い思い出になるように。。。
2016年5月27日金曜日
私の救い
むなしい言葉
宗教に熱心な人がお題目のように唱える仰々しい「親孝行」って、結局は自分の為の正に自己満足ではないかしら。それと、自然に湧いてくる肉親への愛情が混同されるのって本当に嫌だな。私たち家族は今、この燃える「親孝行パワー」に翻弄されている。そして私はまた一つ、宗教が大嫌いになった。
— 風信子 (@studiohyacinth) May 27, 2016
宗教だけじゃない、私は今、「親孝行」っていう言葉も嫌いだ。親孝行なんて、しなくてはいけないって思ってするものかしら? そんなこと、普通の日々の暮らしの中で、互いを愛しく思えば自然に湧いてくる気持ちだ。義務感をもってやることではない。ましてや達成感を求めるなんて馬鹿みたい。
— 風信子 (@studiohyacinth) May 27, 2016
2016年5月26日木曜日
舞台裏の人達
サミットのような大きな舞台でなくても、何か交渉事や行事があったときに、いったいどれほれほどの方が関わっていらっしゃるのだろうといつも思う。見えないところで動く人がいなくては、大きな行事も難しい交渉事も進まない。それは家庭でもおなじことだよね。
— 風信子 (@studiohyacinth) 2016年5月26日
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