2020年1月26日日曜日

のんびり日曜日。。。

 何気なくフェイスブックをのぞいていたら、お友達との6年前の思い出としてこのポストが上がってきました。




懐かしい思い出、
ああ、もう6年も前の出来事になるんだ、って
ちょっと感慨深い思いがしました。

 しばらく経った頃に彼女にこの投稿の話をしたら、えー、そんなことあったかなあ。。って。彼女には何気ない日常の一コマだったのでしょうけど、私はこの投稿にとても慰められたのです。

まだ身近な人にしか知らせていなかったことでしたが、この頃の私たち家族は、3月には離れて暮らすことになると用意をしていました。
自分で決めたこと、と己に言い聞かせていても、これからどうなっていくのだろう、子供達は大丈夫だろうかと、私自身の不安な気持ちは日々大きくなっていたのです。

 そんな中で、彼女のこの投稿を読んで涙が止まらなかったことを覚えています。
大丈夫、きっと大丈夫。二人とも元気でいられたら大丈夫。私たちだったら大丈夫。そう自分に言い聞かせました。

 あれから早6年。
夫は今日も、近くの山に登って空が綺麗だった話、鷹が旋回して美しかった話、好きな歌謡曲の話、姑と一緒に飲んだココアの話。。。思いつくままに私に伝えてくれます。日々の幸せは、本当に何気ないところに転がってる。あの日の不安な私を優しく包んでくれたこのお話に、私は心から感謝しているのです。

2019年12月27日金曜日

白金カイロ

  今年の友人たちへ出したホリデーカードの一部
 こんな気持ちで夫を送り出したこと、懐かしく思い出しました。


 私たち家族の「変な暮らし」も5年が過ぎました。姑は今日も毎日息子のためにママ弁を作り、お天気が良い日には布団を干して、お日様の匂いを与えてくれます。母が作ってくれる三度のご飯が食べられることに感謝して、夫も毎日頑張っています。
 思えばこの暮らしを考え始めた時、私は理不尽な思いに押しつぶされそうな気持ちでした。この国で一国一城をもつ夫の努力を側で見てきた私には、耐えられない思いだったのです。しかしその時に、ある物が私の気持ちを楽にしてくれました。 
 それは白金カイロ。腰痛持ちだった私の父は、私が幼い頃からいつも白金カイロを腰につけて働いていました。小さなカイロにベンジンを入れて、それにマッチで火を付ける。そんな母の朝の日課を、幼い私は不思議な思いで見つめていました。そしてその白金カイロが、ギリシャで灯された東京オリンピックの聖火が飛行機に乗って海を渡るために活躍したと聞いた時、先人のとんちに感動するとともに、未来への尊い光を感じたのでした。
 そう、あなたは城の火を消すわけではない。白金カイロに火をつけて、また日本で火を灯せば良いのよ。そう言って私は夫を送り出すことができたのです。
 2020年はオリンピックの年。私たち家族にとっても、また素晴らしい聖火がともるそんな健康に恵まれた一年になれたら嬉しく思います。
 新しい年も、どうぞよろしくお願いいたします。